座布団げーし!

演目/時そば

「時そば(ときそば)」とは

古典落語の滑稽噺(こっけいばなし)の代表作で、勘定・言葉遊び・人の真似を題材にした一席です。

そば屋の勘定をごまかす男を見た別の男が、その手口を真似しようとして失敗するという、「うまくいった手口をそのまま真似すれば、自分もうまくいく」という人間心理を笑いにした噺です。

現在では落語を代表する演目の一つで、特に「一、二、三……」と数える勘定の場面が有名です。

あらすじ(全体)

夜の屋台のそば屋。

一人の男がそばを注文する。

そばを食べ終えると、「いくらだい?」と勘定を聞く。

そば屋が、「十六文です」と答える。

男は十六文を払おうとする。

ところが、ここからがこの男の作戦。

勘定をごまかす

男はそば屋に、「一、二、三、四、五……」と一枚ずつ数えながら銭を渡していく。

途中で、「今、何時だい?」と聞く。

そば屋が、「九つです」と答える。

すると男は、「十、十一、十二、十三、十四、十五、十六」と続けて銭を渡す。

つまり、「九つ」を聞いたところから、十六文まで数えてしまう

本来なら一文ずつ渡しているので十六文なのだが、男は最初の数を飛ばして、十五文しか払っていない。

男の手口

男は、「ごちそうさん」と何食わぬ顔で立ち去る。

そば屋は、「どうもありがとうございました」と送り出す。

男はまんまと一文をごまかしたわけである。

それを近くで見ていた別の男。

「なるほど、ああやれば一文ごまかせるのか」と感心する。

そして、「俺もやってみよう」と考える。

翌日

翌日、別の男が同じそば屋へやって来る。

もちろん目的はそばを食べることだけではない。

昨日見た男と同じ手口で一文ごまかすつもりである。

そばを注文し、食べ終わる。

そして、「いくらだい?」と聞く。

そば屋が、「十六文です」と答える。

男は昨日の手口を思い出す。

「一、二、三……」と銭を数え始める。

「今、何時だい?」の失敗

男は、「今、何時だい?」と聞こうとする。

ここで昨日の男は「九つ」と答えられた。

そこで、「九つって言わせればいい」と考える。

ところが、そば屋は、「四つです」と答える。

男は一瞬戸惑う。

しかし、ここでやめるわけにはいかない。

そのまま銭を数え続ける。

そして、「五、六、七……」と進んでしまう。

結果として、一文どころか、余計に多く払ってしまう

サゲ

男はそばを食べ終わり、「いくらだ?」と聞く。

そば屋が、「十六文」と答える。

男は昨日の男を真似して、「一、二、三……」と銭を数える。

そして、「今、何時だい?」と聞く。

そば屋が、「四つです」と答える。

男は、「そうか」と言って、そのまま「五、六、七……」と数えてしまう。

それによって、'かえって多く余計に払ってしまう

これが代表的なサゲです。

「時そば」の面白さ

① 一文をごまかす小さな悪知恵

最初の男がやっているのは、たった一文のごまかし。

金額としては非常に小さい。

しかし、「どうすれば一文得できるか」を一生懸命考えている。

この小さな悪知恵が落語らしい笑いになります。

② 真似をする男

二人目の男は、最初の男のやり方を見て、「これはいい方法だ」と思う。

ところが、同じ状況が再現されるとは限らない。

他人の成功例を、そのまま真似すれば成功すると思ってしまうところが、この噺のもう一つの笑いです。

③ 「九つ」と「八つ」

この噺の決定的なポイント。

最初の男は、「今、何時だい?」→「九つです」だった。

二人目の男も、「同じようにやればいい」と思っている。

ところが、「四つです」と返されてしまう。

その結果、手口を理解していたはずの男が、自分で損をしてしまう

「時そば」の時刻

江戸時代の時刻は現在のような24時間制ではありません。

「九つ」「四つ」などの不定時法が使われていました。

そのため、「今、何時だい?」→「九つ」という会話が成立します。

「九つ」は現在の時刻でいうと、おおむね午前0時・正午に当たります。

ただし江戸時代の時刻は季節によって昼夜の長さが変わるため、現在のように固定された時刻ではありません。

時鐘辰刻現在の時法
夜/暁九つ子の刻0時ごろ
夜/暁八つ丑の刻2時ごろ
暁七つ寅の刻4時ごろ
明六つ卯の刻6時ごろ
朝五つ辰の刻8時ごろ
朝/昼四つ巳の刻10時ごろ
昼九つ午の刻12時ごろ
昼八つ未の刻14時ごろ
昼/夕七つ申の刻16時ごろ
暮六つ酉の刻18時ごろ
夜/宵五つ戌の刻20時ごろ
夜四つ亥の刻22時ごろ

「時そば」という題名

題名の「時」は、「今、何時だい?」という作中の言葉から来ています。

「そば」はもちろん、主人公たちが食べるそば。

つまり、「時刻を尋ねることを利用した、そば屋の勘定ごまかし」という噺です。

上方版との関係

「時そば」は江戸落語の代表的な演目です。

上方では同系統の噺が「時うどん」として演じられています。

基本的な構造は非常によく似ています。

  • 江戸 → 「時そば」
  • 上方 → 「時うどん」

という対応です。

ただし、単純に「そばをうどんに変えただけ」ではなく、地域の食文化や言葉遣いに合わせて演出にも違いがあります。

得意とした噺家

柳家小さん

→ 「時そば」を代表する名人の一人。そばを食べる仕草と、勘定の間合いが見どころです。

古今亭志ん朝

→ 二人の男の性格の違いを鮮明にし、テンポよく聴かせます。

立川談志

→ 噺の構造や人物の心理を意識した演出で知られています。

噺の魅力

① 「そばを食べる仕草」

この噺では、実際にそばを食べるわけではありません。

それでも、

  • 箸でそばをつまむ
  • つゆにつける
  • 勢いよくすする
  • そば湯を飲む

といった仕草だけで、観客にそばを食べている姿を想像させます。

落語の見立てがよく分かる演目です。

② 勘定の場面

最大の見せ場。

「一つ、二つ、三つ……」と銭を数える声と、「今、何時だい?」という問い。

この一連の流れをどれだけ自然に見せるかが、演者の腕の見せどころです。

③ 最初の男と二人目の男の違い

二人目は最初の男の真似をしているだけ。

しかし、肝心の「九つ」が「四つ」になったことで失敗する。

「人のやり方を表面だけ真似しても、うまくいかない」という構造が非常にきれいです。

成立

江戸時代後期から伝わる古典落語とされています。

もともとは上方の「時うどん」が先にあり、それが江戸へ移されて「時そば」になったとする説が有力です。

ただし、成立過程については諸説あり、現在の形になるまでにさまざまな改作が加えられたと考えられています。

上演の特徴

15〜25分程度の中編。

登場人物は主に、

  • そば屋
  • 最初の客
  • それを見ていた男

の三者。

そのため、人物の演じ分け以上に間とリズムが重要な噺です。

特に銭を数える場面は、少しでもテンポが崩れると仕掛けが分かりにくくなるため、演者の技量が問われます。

落語ファンが特に好きな場面

そばを食べるところ

見えないそばを、箸と口の動きだけで見せる。

「ズズッ」という音を含めて、落語の仕草の代表的な場面です。

最初の男の勘定

「一、二、三……」と数えて、「今、何時だい?」と入る。

ここで観客は男の悪知恵に気づきます。

二人目の男の失敗

同じ手口を使うつもりなのに、「四つです」と言われてしまう。

それでも予定通り数え続けるところが、この噺最大の笑いどころです。

類似する演目

  • 「時うどん」→ 上方に伝わる同系統の噺。
  • 「ちりとてちん」→ 他人の知恵や言葉を利用する滑稽噺。
  • 「道灌」→ 人から聞いたものをそのまま使おうとして失敗する。
  • 「青菜」→ 他人の粋な振る舞いを真似しようとして、おかしなことになる。

一言でいうと

「そば代を一文ごまかす男を真似したら、逆に損をしてしまう噺」です。